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東京地方裁判所 昭和59年(レ)367号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 友光健七

被控訴人 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 中村喜三郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金六〇万円及び内金五〇万円に対する昭和五九年七月一日から、内金一〇万円に対する昭和六一年一月二八月からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (不当利得返還請求)

(一)(1) 控訴人は、昭和五七年末ころから、夫婦関係の破綻に直面し、夫である訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)との間で、離婚問題を協議していたところ、昭和五八年三月上旬ころ、知人である訴外丙川松子(以下「丙川」という。)の紹介で、被控訴人と面談した。

(2) その際、被控訴人は、控訴人に対し、「私は看板は出してはいないが、弁護士の資格を持っている。離婚問題の解決はまかせなさい。」と申し向け、営業として控訴人から太郎との離婚及び離婚に伴う慰藉料、財産分与、養育費の請求等に関する法律事務の委任を受けた(以下「本件委任契約」という。)。

(3) 被控訴人は控訴人から、右委任事務の報酬等として、昭和五八年三月二日に金五万円、同月九日金四五万円を受領し、太郎と協議離婚の条件等についての交渉をした。

(4) ところで本件委任契約は、弁護士法七二条に違反して無効であり、したがって被控訴人は控訴人に対し右の合計金五〇万円を不当利得として返還すべき義務がある。

(二)(1) 被控訴人は控訴人に対し、昭和五八年三月上旬ころ、弁護士としての資格がなく、したがって法律事務の委任を受けることができないのにかかわらず、「弁護士としての資格をもっている」と述べて自らが弁護士であるように装い、その旨誤信した控訴人をして、太郎との離婚に関する法律事務を委任させたうえ、その報酬等として、前記のとおり昭和五八年三月二日金五万円、同月九日金四五万円の各交付を受けてこれを騙取したものである。

(2) 控訴人は被控訴人に対し、昭和五九年九月三〇日付け内容証明郵便をもって右委任契約を取り消す旨の意思表示をした(かりに右内容証明郵便による取消しの意思表示が認められないとしても、昭和六〇年七月二二日の本件口頭弁論期日において、右取消しの意思表示をした。)。

(3) よって被控訴人は控訴人に対し前記合計金五〇万円を不当利得として返還すべき義務がある。

2  (貸金請求 当審で変更した訴え)

(一) 控訴人は被控訴人に対し、昭和五八年四月一五日、金一〇万円を、弁済期を定めずに貸し渡した。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和六一年一月二〇日の当審第七回口頭弁論期日において、同月二七日までに右金一〇万円を返還するように催告した。

3  よって、控訴人は被控訴人に対し、1(一)又は(二)記載の不当利得返還請求権に基づき金五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五九年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに2記載の貸金請求権に基づき金一〇万円及びこれに対する催告した期間満了の翌日である昭和六一年一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)(1)の事実は認める。

(二) 同1(一)(2)の事実は否認する。

(三) 同1(一)(3)のうち、被控訴人が控訴人から昭和五八年三月二日に金五万円、同月九日に金四五万円を受領したことは認め、その余の事実は否認する。

なお、右各金員は、被控訴人が控訴人から太郎との離婚の件及び建物の売却の件についての易断を依頼され、その見料として受領したものである。

(四) 同1(一)(4)の主張は争う。

(五) 同1(二)(1)の事実中、被控訴人が原告の各主張の日に金五万円及び金四五万円の各交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 同1(二)(3)の主張は争う。

2  同2(一)のうち、被控訴人が控訴人から昭和五八年四月一五日に金一〇万円を受領したことは認め、その余の事実は否認する。

被控訴人が右金員を受領した趣旨は、1(三)で述べたのと同じである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実のうち、控訴人が昭和五七年末ころから、夫婦関係の破綻に直面し、夫であった太郎との間で、離婚問題の協議をしていたこと、昭和五八年二月ころ、丙川の紹介で被控訴人と面談したこと、被控訴人が控訴人から、昭和五八年三月二日に金五万円、同月九日に金四五万円、同年四月一五日に金一〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

二  まず、請求原因1の不当利得返還請求について検討する。

1  右当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、太郎と婚姻し、同人との間に長女及び二女をもうけたが、昭和五七年ころから、婚姻生活が円満を欠くようになって離婚をも考えるようになり、同年夏ころには、太郎が、その所有名義になっている控訴人居住家屋及び敷地を第三者に売却するかもしれないような素振りを示したところから、控訴人は、訴外堀本弁護士に委任して、右土地建物について離婚に伴う財産分与を被保全権利とする処分禁止の仮処分命令を申請し裁判所の決定を得たほか、同弁護士に離婚問題の法律的解決についても委任していたが、離婚するか否かについて若干迷いがあってふみきれないでいた。

(二)  控訴人は、昭和五八年二月ころ、知人の丙川から、被控訴人が四柱推命学の易に通じ、しかも弁護士の資格を有する旨を聞き、離婚すべきか否かを易断を受けるとともに離婚問題の法律的処理について相談する気持になり、丙川の紹介により被控訴人に面談し、太郎との相性について占いをしてもらったところ、相性は悪く、離婚した方がよいとの易断が出されたので、引きつづいて、控訴人は被控訴人に対し、太郎との離婚問題の法律的解決について相談し、控訴人が現在離婚事件の処理を弁護士に委任しているが、その弁護士からは、財産分与として前記仮処分対象物件を取得できるか否かは別として、慰藉料や未成年の子の養育費の支払いを受けることは困難である旨の説明を受けている等の事情を説明したところ、被控訴人は、自分が委任を受ければ、慰藉料、養育費を含めて金二〇〇〇万円位は支払わせることができる旨並びに自分はこのような離婚のケースを裁判所で何件も扱っているが、弁護士というのはやくざな商売だから看板は掲げていないなどと述べた。そこで控訴人は同日被控訴人の右の言葉を信用して、太郎との離婚に関する和解交渉をはじめとする法律事務の委任をした。その際、被控訴人は控訴人に対し、弁護士に委任した後他の弁護士にのりかえるのは禁止されているから、被控訴人が弁護士であることは口外しないでほしい旨述べた。なお、同日ころ、右控訴人は、丙川を介し、右の易断に対する見料として、金一万円を被控訴人に支払った。

(三)  その後、同年三月二日、被控訴人は丙川と一緒に控訴人方を訪れ、控訴人に対し、「弁護士として控訴人の離婚事件を取り扱うとすると、堀本弁護士と二人になって弁護士法に違反するから、堀本弁護士に辞任してもらわねばならない、そのために被控訴人が堀本弁護士に話をするが、同弁護士を接待するための費用として金五万円が必要である」旨述べるとともに、堀本弁護士に辞任してもらう口実として控訴人と太郎が互いによりを戻すことになった旨の文書を作成するよう指示した。そこで控訴人は、同日被控訴人に対し金五万円を交付するとともに、そのころ右のような内容の文書を作成して被控訴人に交付した。

(四)  更に同月九日ころ、控訴人は被控訴人から電話で費用という名目で金四五万円を要求され、これを株式会社第一勧業銀行調布支店の被控訴人の普通預金口座に振り込んで支払ったが、控訴人としては、右金員は被控訴人に委任した離婚事件の報酬や費用にあたるものであると考えていた。

(五)  被控訴人は、同年三月から四月九日までの間に、二、三回にわたり、太郎の住む新潟市に赴いて同人と離婚の条件等について協議を重ねたうえ、同年四月九日、太郎が協議離婚に応ずること、並びに子らの親権者をいずれも控訴人と定めること、子らの養育費として一か月一人につき金四万円を支払うこと、慰藉料として金五〇〇万円を分割して支払うこと、財産分与として控訴人居住の建物及び敷地の所有権(これに附帯する債権債務等を含む)を控訴人に移転することなどを承認したので、被控訴人がこれらを記載した協議離婚合意書と題する書面(甲第一号証)を起案し、太郎がこれに署名押印した。しかし、そのころから、被控訴人が控訴人宅へ宿泊したり、金一〇〇万円もの借金を申し入れたり、控訴人方に被控訴人の住民登録を移すことを承認するよう求めるなどの、弁護士にしては不審な行動に及んだため、丙川に相談し、控訴代理人を紹介され、同弁護士が調査した結果、被控訴人は弁護士登録をしていないことが判明した。

(六)  なお、丙川は被控訴人とは昭和五五、六年ころからの知り合いであるが、被控訴人から弁護士の資格を持っている旨聞いていたものであり、被控訴人と会った際、離婚事件などで裁判所へ行って来て帰ったところだなどという話や、弁護士はやくざな商売だから看板は掲げないが、離婚事件等で自分は世間の役に立っているなどという話を聞いたこともあった。また被控訴人が起案した前記協議離婚合意書は、形式、内容とも法律的にみて相当整ったものである。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  ところで弁護士法七二条本文によれば、弁護士でない者が、報酬を得る目的で法律事務を取り扱うこと等を業とすることは禁止され、その違反行為は同法七七条により処罰されるものとされ、右の「業とする」とは、反復的に又は反覆の意思をもって右法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるに至った場合をさすと解すべきである(最判昭和五〇年四月四日民集二九巻四号三一七頁)。本件についてこれをみるに、前記1に認定した事実によれば、弁護士でない被控訴人が、控訴人から太郎との離婚についての法律的解決を委任され、同人との間での和解交渉等を行い、費用及び報酬として金五〇万円の支払を受けたことが認められ、右の被控訴人の行為が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことに当たることは明らかである。また、前記認定のとおり、被控訴人は、丙川に対しかねてより、自分が弁護士であって、弁護士として離婚事件の取扱い等をしている旨述べていたこと、被控訴人が控訴人に対しても自分が弁護士である旨資格を詐称して控訴人から太郎との離婚についての法律事務の委任を受ける一方、控訴人に対し自らが弁護士であることを他に口外しないよう口止めをしていること、被控訴人の起案した協議離婚合意書(甲第一号証)の文面は、形式、内容とも法律的に相当整ったものであることなどの事実からすれば、被控訴人は本件のような離婚についての和解交渉等の法律事務を反覆して行っているか仮にそうでないとしても、反覆する意思をもって本件の離婚についての和解交渉等を行ったものと推認することができ、したがって被控訴人は業として右離婚についての和解交渉等の法律事務を取り扱ったものというべきであり、本件委任契約は右のような法律事務を取り扱うことを内容とするものであることが明らかである。

そうであるとすれば、本件委任契約は、弁護士法七二条本文に違反する事項を目的とするものであって、公の秩序に反するものであるから民法九〇条に照らして無効であるというべきであり、したがって、右の無効な委任契約によって控訴人が被控訴人に対し費用等名下に交付した金五〇万円は、法律上の原因なく、控訴人が支出して損失を被り、反面において被控訴人が利得したものというべきである。

3  よって被控訴人は控訴人に対し、右不当利得返還債務金五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  次に、請求原因2の貸金請求について判断する。

1  前記当事者間に争いがない事実に《証拠省略》を総合すると、控訴人は被控訴人から、前記のように金一〇〇万円の借金の申し入れを受け、お金の持ち合わせがない旨述べると、いくらでもよいから貸してほしいといわれ、やむなく昭和五八年四月一五日、被控訴人に対し金一〇万円を、弁済期を定めず貸し渡したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  請求原因2(二)の事実は、当裁判所に顕著な事実である。

3  よって被控訴人は控訴人に対し、右貸金一〇万円及びこれに対する催告期間満了の日の翌日である昭和六一年一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  以上によれば、控訴人の本訴請求(当審で変更した請求を含む。)は正当であり、これを棄却した原判決は失当であって、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡崎彰夫 裁判官 高橋隆一 竹内純一)

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